北アイルランド留学日記

2020年10月3日、コロナ禍のなかで渡航して、語学留学をした記録です。

「リサーチスキル」の授業

 今日のオンライン授業は、先生がブレイクアウトルームを諦めて、teamsを使って学生同士で個人通話を掛け合い、ペアアウトを試行。これはなかなか快適で私も満足でした。先生が思いついたのかな?それとも技術スタッフの提案?どちらにしろ、良い解決法が見つかってよかったです。

 さて、木曜日は毎週「リサーチスキル」の授業です。この学校のアカデミックコースは、「教材学習」と「リサーチプロジェクト」の二本柱でなりたっています。火曜日と水曜日は、ナショナルジオグラフィックが作っている教科書を使い、リスニング&リーディングの課題を進めて行きます。他方、そのほかの授業では、自分でリサーチトピック(研究課題)を決めて、10週間かけて「エッセイ」と「プレゼンテーション」を作成し、発表します。時間割にするとこんな感じです。

月 ライティング(エッセイ)/スピーキング(プレゼンテーション)

火 リスニングの教材学習

水 リーディングの教材学習

木 ライティング(エッセイ)の実習(ほぼゼミ)

金 スピーキング(プレゼンテーション)/ボキャブラリー

 ほとんどの学生は高校を出たばかりの若い人なので、初めてのリサーチの課題で戸惑っているようです。毎回の授業で「発表するときの立ち方・姿勢」から始まり、「構成の作り方」「資料の集め方」などを学んでいきます。

 私からみると、こうした英語のアカデミック・ライティング/プレゼンテーションの授業はとても興味深いです。一番、最初に教えられることは構造化されたスキルです。つまり、基礎スキルを積み重ねた上に、良いライティング/プレゼンテーションがあるとする。私はこういう教え方はクリアでいいな、と最初は思っていたのですが、だんだんと違和感が出てきました。なぜなら、若い学生たちが「書きたいもの」ではなく「書けるもの」を探してリサーチトピックを探し始めたからです。

 今日のペアワークでは、自分のリサーチトピックが「なぜ重要であるのか」をお互いに説明することになりました。私は、「投資と企業評価」のトピックを選んだBと組んでいたのですが、彼女はどうも歯切れが悪いのです。私から水を向けて「どういうことに、あなたの関心があるのか?」「なぜ選んだのか?」ということを掘り下げていこうとすると、「これ、先生に3つの中から選びなさいって言われて、一番、興味が持てそうだったから選んだだけなんだよね」と言い出します。

「え? 自分でリサーチトピック選んでないの?」

「うーん、ほんとは私は心理学に興味がある。だから、投資の行動の心理学をやりたい、けど、今の私には難しすぎるからって、先生が……」

 私は「いやいやいや、それは、譲らずにやろうよ。だって、興味のないトピックの重要性なんて見つからなくない?」と言ってみましたが、「それはそう、ほんとは。でも期限までに書かないといけないし、先生もそう言ってるし」と声が小さくなります。私は論文を探して「ほら、こういうのもあるよ」と提案してみましたが「それはあなたの意見だよ。私は投資と企業評価でいい」とのこと。なんだか私は切なくなってしまいました。

 先生は「アカデミックであること」とは「資料に基づいて主張をすること」だと言います。でも、それはアカデミックな仕事の一部分でしかありません。そもそも、アカデミックな仕事は大学に閉じられたものではありません。プラトンギリシャ時代に街角に立って人々に向けて議論を投げかけながら、哲学を論じました。これは、立派なアカデミックな仕事です。また、禅宗のお坊さんたちの積み重ねてきた議論もアカデミックな仕事です。アカデミックな仕事とは、真理の探究です。それを成し遂げるのは「知りたい」という欲望です。欲望なしに、スキルだけ身につけても役には立ちません。

 さらに厄介なのは、一度、スキルを身に付けてしまうと、それが今度は自分の欲望を縛ることです。私たちが「知りたい」と思うことは、たいてい「枠組み」から離れたことです。だから、「知りたい」ことを知ろうとすると、それまで身につけたアカデミックなスキルか逸脱してしまう。スキルがあればあるほど、そこから逸脱しようとすると、まるで「間違ったこと」をしているような気分になってしまいます。だから、「知りたい」という欲望を大事にしながら、ゆっくりとスキルを身につけたほうがいいと思っています。

 しかし、私はこの学校では教師ではなく学生の立場ですから、「うう」と思いながら、「そうだよね、あなたの課題だもんね」と引き下がるしかありません。一方でパッケージングされたスキルの習得方法に感嘆しながら、他方では「これは長い目で見ると、若い人の知的欲求の芽をつんでしまうのでは?」と疑問を抱きました。もちろん、若い人は柔軟ですから、こんなコースでの経験は忘れて、大学に入ると新たに「知りたいこと」へ飛び込んでいって、スキルから逸脱する恐怖なんてなんのその、どんどん欲望を発露させていくのかもしれませんが。